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医局情報発信コーナー

白衣の羽〜医療の未来への旅〜
2026年02月02日

緩和医療科の活動紹介(Journal Club)

カテゴリ: 日々の活動報告

ご無沙汰しています。山本です。
以前、橋本先生から当科で行っている Journal Club についてご紹介いただきましたが、今回はその第二弾になります。

今回私が選んだ論文は、2025年8月に Nature Human Behaviour に掲載された
「Biological markers and psychosocial factors predict chronic pain conditions」という論文です。
Nature Medicine が基礎研究をどのように臨床へつなげるかを主眼とする雑誌であるのに対し、Nature Human Behaviour は、人がなぜそのように感じ、行動し、社会がどう動くのかを扱う雑誌です。慢性疼痛というテーマは、まさにその両者の境界に位置しており、緩和医療の視点からも非常に興味深い内容でした。

○研究の概要
• 対象: 英国バイオバンク(UK Biobank)に参加した約50万人(および外部検証用データセット:All of Us、Open Pain)。
• 方法: 5つのモダリティ(血液検査、脳画像、骨密度、遺伝リスク、心理社会的因子)を用い、機械学習モデルを構築。
• 評価項目:
   1. 35種類の疼痛関連疾患(関節リウマチ、痛風、線維筋痛症など)の有無を予測できるか。
   2. 自己申告による「痛み」(痛みの有無、部位、広がり)を予測できるか。
   3. 生物学的リスクと心理社会的リスクの相乗効果(シナジー)の検証。
○主な結果
1. 「疾患」の予測は生物学的指標が有効 血液検査、脳画像、骨構造などの生物学的バイオマーカーは、関連する「疾患」を高い精度で予測しました(AUC 0.62–0.87)。特に関節リウマチや痛風は血液、多発性硬化症は脳画像で高精度に識別されました。
2. 「痛み」の予測は心理社会的因子が優位 一方で、生物学的バイオマーカー単独では、患者が訴える「主観的な痛み」の予測精度は低い結果となりました(AUC 0.50–0.62)。痛みの有無や広がりを最も正確に予測できたのは、気分やストレスなどの心理社会的因子でした。
3. リスクの相乗効果(シナジー) 生物学的リスク(例:血液異常)と心理社会的リスク(例:ストレス)が共に高いグループでは、疾患の発症リスクが単なる足し算以上に増幅され、オッズ比で18〜42倍に達することが示されました。
○結論
生物学的指標は「疾患」を捉えるのに対し、心理社会的因子はその人が「どれだけ痛みを体験し、生活に支障をきたすか(広がり方)」を規定していることが示唆されました。慢性疼痛の診療においては、身体的な検査データだけでなく、心理社会的背景も統合した包括的(ホリスティック)なアプローチが、診断・予後予測の精度向上に不可欠です。

この論文から考えたこと
緩和医療の現場では、検査値が大きく変わっていなくても、環境や心理状態の変化によって痛みが強くなったり、逆に和らいだりする場面を日常的に経験します。本研究は、そうした臨床感覚を大規模データで裏付けてくれたように思います。
Journal Club を通して、論文を「正しく理解する」だけでなく、「自分たちの臨床とどう重なるのか」を言葉にすることの大切さを改めて感じました。慢性疼痛に限らず、患者さんを全体として捉える視点は、今後の緩和医療においても重要であり続けると思います。

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